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11. 乳がんになって思ったこと③

今回で、「乳がんがみつかるまで」のカテゴリーは最後になります。
最後に、友人たちに感謝を伝えたいと思います。

乳がんを宣告されて、友人たちにもそれを伝えるかどうか、
悩む方もいると思います。
私もしばらく悩みましたが、
今の生活の中で付き合いのある人、そして、ちょうど夏休み中だったので、
関東に帰省した際に連絡を取ろうと思っていた友人には、
乳がんになったことを伝えることにしました。

それは、もし逆の立場だったら、
私は友人が苦しんでいる時に、励ましの言葉をかけてあげたいと
思うだろうな、と考えたからです。
もちろんそれは、当の本人に心の余裕があればの話ですが。
でも本心は、私の心に余裕があった、と言うよりは、
素直に、友人たちの声を聞きたかったので、
手前勝手な都合だとは思いましたが、癌になったと、伝えることにしました。

友人たちは、みんなとても驚き、そして、温かい励ましの言葉をくれました。

今現在、九州で付き合いのある友達や先輩ママは、
私が頼れる身内が近くになく、頑張ってきたことを知っているので、
心配して、言葉だけでなく、その後も色々と気を遣ってくれて、
協力してくれています。

学生時代からの友人、元職場の同僚、関東でのママ友は、
苦楽を共にしてきた戦友のような存在で、
みんな心配して、たくさんのエールを送ってくれました。

私は、自分勝手に癌の告白をしてしまったのですが、
みんな本当に優しくて、あったかくて。。。
本当に、ありがとうの一言につきます。
私は幸せ者だな、と、病気になって改めて思いました。

ですから、私の友人たちには、私と同じような苦しみは
絶対に味あわせたくはありません。
この場を借りて伝えます。
乳がんの自己触診と定期健診。大切です!
みなさん、受けて下さいね!
夏に報告出来なかった友人たちにも、このブログを目にしたら、
乳がんのこと、少しでも身近に感じてもらえたらと思います。

これからもずっと、大切な友と楽しい未来が待っていることを願って。
私は頑張ります!
みんな、本当に本当に、どうもありがとう!!



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10. 乳がんになって思ったこと②

今回も乳がんになってからの心境を。

なぜ私が癌になったのか?
色々考えてみましたが、残念ながら癌発生のメカニズムは解明されていないので、
私が癌になった確固たる原因は分かりませんし、それを防ぐ手立てはありません。

では、なぜここまで進行するまで見つけられなかったのか?
それは、今までの人生では病気知らずで、加えて我慢強い性格が影響していると、
今では思っています。

私の母は東北の出で、幼いころから「根性」だとか「我慢」だとか、
良く言い聞かされて育ちました。それに加えて、元来の体の丈夫さ。
自分でも知らず知らずに、多少の体の不調は我慢出来るようになっていたのでしょう。

体の丈夫な人や体力のある人が、何の苦も無くつらさを耐えられていると思いますか?
それは、違います。
私も、自分が病気を患って気付いたのですが、幼い頃から健康で元気に育ってきた人は、
けっこう体がきつくても我慢出来るので、それに慣れてしまっていくのではないでしょうか。
人生の中で人が少しずつスキルアップしていくように。
我慢出来る体の「つらさ」や「痛み」が、徐々に深くなっていく。
(私の場合は、ひどい痛みだな、と思いつつ約半年は我慢してしまいました。)
そして、本人もおかしいな?と思い始めた頃には、かなり病気も進行している。
そういう方、もしかしたら多いのではないでしょうか?

私がこのように考えるようになったのは、主人のお父さんが末期の肺がんで
亡くなっているのですが、私のように元来丈夫で病気知らずの方だったと聞いたからです。
元気に仕事をこなしている最中の末期がん宣告だったと聞いています。
おそらくお父さんは、相当体がきつかったんじゃないかと思います。
でも、その体の悲鳴に蓋をすることが出来てしまった。
「自分は丈夫なんだから大丈夫。多少の無理は大したことない」
そんな暗示のもとに。

ですから私は、体力があって丈夫で私は平気!と思っている方に言いたい。
自分の体を過信しないで!!

丈夫で健康な人だって癌になります。
なっているのだとしたら、早期発見するしか、確実に助かる道はありません。
そのためには、定期検診も大事ですが、まずは自分が、自分の体の悲鳴を聞き逃さないことです。
その無理や我慢は大丈夫ですか?
心と体の声に、耳を傾けましょう。

それと、乳がんに関して言えば、
自己触診をしましょう!
少しでもおかしいと思ったら、必ず乳腺専門のお医者様へ。
定期検診などは40歳から受けることが推奨されていますが、
私ように30代でも乳がんになり得ますので、心配な方は早めに検診を受けてみて下さい。

また脇の下の痛みも!ほとんどが乳腺症などの痛みのようですが、
私のように万が一、癌が原因の場合もありますので、
痛みやしこりは放置しておかないで、必ず先生に診てもらいましょう。

自分の体は自分で守らないと、それが自分の人生のため、
そして何より、家族の幸せのためなのです。

少しでも多くの方が、早期に発見できて完治できますように。


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9.乳がんになって思ったこと①

前回まで、乳がんと告知されるまでの経緯を書いてきましたが、
今日は乳がんになってからの心境を、少し綴ろうと思います。

私の場合、乳がん告知された日に、やはりショックが波のようにやってきて、
不安に押しつぶされそうになりましたが、
次の日に家族と話したり、自分なりに気持ちの整理をしたりして、
パニックにはならずに、気持ちを立て直すことが出来ました。

これは、これまでの私の人生で、自分ではすごくつらい経験がいくつかあり、
それを乗り越えてきたので、
何かトラブルに遭遇したときの立ち直り方を、知らぬ間に身に着けていたのかな、
と今となっては思います。

でも、でもです、やはり自分が癌に実際に侵されているとなると・・・
今までのつらい経験とは次元が違います。
やはり、いつでも「死」がつきまといます。
特に私の場合、ステージⅣという最終段階で、肺には微小の転移だと言われましたが、
後に、骨にはしっかりと転移していることがわかりました。
(骨転移では死なない、と先生には言われましたが)

また、自分で調べてみて正直怖いと思っているのは、
私の癌はKi-67の値が非常に高い、と言うことです。
もう少し自分で乳がんについて勉強してから、詳細を書こうと思いますが、
簡単に言いますと、Ki-67というのは癌細胞の活性度を示す指標で、
私はこれがかなりの高値を示しています。
つまり、とても元気な癌なわけです。
抗がん剤やホルモン剤が良く効く癌ではありますが、
初期治療が上手くいったとしても、
その後の再発が、正直とても怖いのです。

でも、怖がっていても何も始まりませんし、
家族のために、私は生きなければなりません。
今は治療に専念することだけを考えて、体力と免疫力をあげる努力をして・・・

と自分を奮い立たせていますが、
気持ちのどこかで、「死を覚悟」しないといけないのかもしれない。と思っています。

つまりですね、上手く言えないのですが・・・
癌患者の気持ちは、非常に複雑です。

元気そうに見えても実はそうじゃなかったり、でも、ほんとに元気な時もあります。
難しいですね・・・自分でそう思っちゃいますが(苦笑)

実は私が今言われて一番嫌だな、と思うのが、
癌患者じゃない人に「分かるわよ、あなたの気持ち」と言われることです。
逆に私も、私よりも症状の重い癌患者に方に「気持ちが分かる」などと言えません。
それは、きっと私とは非にならないほど複雑で、
上昇したり下降したり、とてもつらいと、想像するからです。
いつだってそうなのですが、人の苦しみなんて、当人にしかわからないものなんです。

ですから、周囲の人には、特に家族には、その辺りの「複雑さ」というか「不可解さ」を、
温かい目で見守ってほしいな、と思います。
わがままかもしれませんが。
それまでの常識や、今まで(メンタル面で)普通に出来ていたことが出来なくなるかもしれません。
でも、それは「今は下降中なんだ」と思って、見守ってほしいし、
何気ない温かい言葉をかけてほしい。
(私の場合は、やっぱり抗がん剤でキツイ時は、気持ちが少し落ち込みます)
そして元気な時は、今まで通り一緒に笑って過ごしてほしい。
癌だってこと、忘れている時間はとても楽しいものです。

以上、癌患者のわがままですが、
でも、この待遇を受けることに対して、私は常に家族に感謝を忘れてはなりません。
病人の特権と思ってあぐらをかいてはいけません。
私が元気になるのは家族のためです。
家族に様々な試練を強いる結果となって、本当に申し訳ないと思っています。
でも、家族のためと思って、生きる活力が湧いているのも事実。
家族には、感謝しなければいけないし、(それはお互いにでもあるけど)
それがお互いの愛情を育てることになるんだと思います。

癌になって、自分は運がないな、と正直思ったけど、
でも、「神様は乗り越えられない試練は与えない」
私がこの試練を乗り越えたら、家族の絆を深めることが出来ると信じて、
家族に感謝して、
日々の幸せに感謝して、
生きていこうと思います。

(なんかうまくまとめられなかったです;すみません;;)


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8.乳がんとともに

家に帰ってきてからも、主人は無口でした。
まあ、普段から無口な人なんですが。
私も、癌宣告を受けて頭の中にもやがかかっているような状態だったので、
その日は主人と今後についてなどの話はしませんでした。

その日、先生から受けた説明を整理すると、以下の通りです。

・乳がんの原発巣は右胸の右端に見つかったしこり。大きさは1.5センチ。
・リンパ節に近い場所にあったため、癌が大きくなる前にリンパ節に転移し、
脇の下の方が先に大きくなった。めずらしい症例だが、たまにある。
・更になんらかの原因で炎症をおこし、大きく腫れあがった。
・癌の種類(性質)はホルモン受容体があるので、ホルモン剤が効く。
・しかし、授乳期が続いた私の体には、癌の餌となる女性ホルモン
の多い状態が続き、そのため癌の進行を早めた。
・当初は切除手術が先の予定であったが、リンパ節にも癌が転移し、脇の
切開した箇所はこのままでは治らないので、抗がん剤治療を先に行う。
・遠隔転移(肺転移)しているので、ステージにするとⅣ。
・坐骨神経痛の痛みは、骨転移の可能性もあるので、後日骨シンチなどの検査をする。

私は、怖くて聞けなかったことを、ネットで調べてみました。

「乳がんステージⅣの生存率」
5年生存率:およそ30%
10年生存率:およそ10%

数値を目にして、愕然としました。
(わたし、あと10年生きられないの・・・?)
あと10年後、長女は16歳、次女は13歳、末の長男は11歳。
その姿を、私は見ることが出来ないかもしれない?

更にネットで調べてみると、遠隔転移してしまった癌は治癒しない、
とあります。


さすがの私も、涙があふれてきました。
三人の子供たちが、まだ幼くして母親を亡くす。
ドラマみたいな話。そんな事が我が家でも有り得る?

何がいけなかったのだろう。
なんで私なんだろう。
結婚して子供産んで、親と離れた遠い九州で、
頼れる親戚も居ない中、母としてたくましくあろうと必死でやってきただけなのに。

もう少し早く病院に行っていれば・・・
でも、どのタイミングで?
0歳児を含む3人の子育てや家事で精いっぱいで、いったいいつどこで、
病院に行けば良かったというの?

誰にもぶつけられない怒りに似た感情が湧き上がり、またとめどもなく涙があふれました。


次の日、外出先のランチタイムで、主人に言いました。
「結婚するときは、最後は私がパパを看取るつもりだったのに・・・」
主人は大きく頷きながら言いました。
「癌になるなら自分だと思っていたから・・・私の代わりにおまえがなったんだろうな」
(主人は自分のことを「私」と言います)

主人の目を見ると、私が癌になった事に責任を感じていることが分かりました。
私も主人に申し訳ない気持ちがありました。
元々私がいつでも元気で明るくて、体力のない主人はそこを気に入ってくれていた節がありました。
なのに、私の方が大病を患ってしまうなんて・・・

私は答えました。
「乳癌は進行が遅くて、1センチの大きさになるのに10年かかるんだって。
見つかった癌が1.5センチ。結婚して7年だから、癌は結婚前からあったことになるの。
だからパパのせいじゃないよ」
主人は小さく頷いて、
「癌が手の施しようがないと手術や治療の方針すら示されないから。今回は治療の手立てもあるし、
手術もするから。長い(癌との)付き合いになるとは思うけど。」
主人のお父さんは、末期の肺がんで亡くなっていたので、
主人はお父さんの時とは全く状況が違うので大丈夫、と言いました。

主人と少し話をして、気持ちが落ち着き始めました。
子供たちや主人のためにも、癌に負けていられない。
ステージⅣ、と言っても、私はこんなに元気なんだし。
きっと大丈夫。乗り越えられる。

私は、癌とともに、力強く生きていこうと思いました。



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7. 告知

CTの検査結果を聞いた日、夜に主人にも検査結果と
次回組織診の結果を聞きに行くことを伝えました。
でも、冷静になっていたつもりでも、上手く伝えられなかったように思います。
主人は、「癌だったら血液検査や細胞診の結果ですぐに出てくるよ。癌じゃないよ。」
と言っていました。
わたしも「そうだよね、大丈夫だよね!」と頷きましたが、
先生の態度に少し焦りのようなものを感じていたので、
気持ちの中で、癌だろうという思いと、違うと願いたいという思いが混じり合っていました。

8月10日
朝一番の診察に間に合うように、病院に向かいました。
1歳の息子は主人にお願いしてきましたが、
9時少し前に、息子をベビーカーに乗せて主人もやってきました。
最後まで「癌じゃない」と言っていた主人ですが、「もしかしたら・・・」
という思いがあったのでしょう。
すると、看護婦さんが来て、「ご主人もいらっしゃいますか?」と聞かれ、
「はい」と答えると、
「では、一緒に先生の話を聞いて下さい。赤ちゃんは私が見てますから」
と言われました。
私はこの時、
「あぁ、やっぱり癌だったんだ・・・」と悟りました。


「先日の組織診の結果ですが・・・やはり乳がんでした」

先生の言葉は、静かに耳に入ってきました。
覚悟をしていたのでさほど動揺はありませんでした。
先生は静かにやさしく、そして淡々と、癌と今後の治療について説明してくれました。
私は半分他人事のようにその話を聞いてました。

38年生きた今の今まで、大きな病気はしたことなく、
風邪をひいてもすぐに治り、人よりも体力があるのが取柄で、
結婚してからの子育て一色だった7年間は特に、自分の丈夫な体に感謝して、
気力と体力で様々なつらさを乗り越えてきました。

その私が癌に・・・?
頭の中に、先生からの情報が静かに入ってきていますが、
その一方で、「これは現実なの?」と認めていない自分もいます。
というか、思考停止状態。上手く頭が働きませんでした。

「・・・何か、質問は無いですか?」
一通り説明を終えた先生が聞いてくれました。
何をどう聞くべきなのか?何が妥当なのか?全く考えられなかったのですが、
まず、これだけは聞いておかないと、と思っていたことを聞きました。

「気付かないでずっと授乳してましたが、子供に影響は無いですか?」
先生はにこやかに答えてくれました。
「それはないです。大丈夫ですよ。」

ひとまずほっとしました。

「娘たちに遺伝しますか?」
「遺伝的に乳がんになる人は、例えば100人癌患者がいたとして、そのうちの10人です」

3割くらいはいるのだと思っていたから、ちょっと驚きました。
確かに、私はリスクファクターにはほとんど該当しない。
近親者で癌になった人を聞いたことはないし、初潮は標準、出産経験あり、
3人ともほぼ完母で育てた。なのに乳がんになった・・・

「他にありますか?」

一番聞きたいことを、思い切って聞きました。

「・・・リンパ節に転移、肺にまで転移していて、助かる可能性はどのくらいなんですか?」

先生は静かにうんうん、とうなずきながら私の質問を聞き終わると、やさしく答えてくれました。

「今すぐどうにかなる訳ではないです。肺の方はCTでようやく映るほどの小さいもので、
症状は全く出ないでしょう。ただ、遠隔転移してしまっているので、
ステージにするとⅣです。数年で治療がどうなるか、でしょう。」

先生は、現時点で確定出来ない情報を患者に与えてはいけないと、
言葉を選んで話されていると感じました。
「余命何年、生存率何パーセント」という数字を聞かされるのか、と思っていましたが、
聞いても意味がないのか、そんなことを気にするべきではないのか・・・
いや、私自身が怖くて、その先は質問出来ませんでした。

その後、今後の治療のスケジュールや抗がん剤の副作用の説明を看護婦さんから聞き、
採血などをしてもらって、主人とともに帰路に就きました。

「あーあ、丈夫なことだけが取柄だったのにな。」
帰り道で、わざと明るく主人に言ってみましたが、
彼は無言でした。



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プロフィール

まゆさ

Author:まゆさ
38歳の夏 三人の子育てに追われる中、
ステージⅣの乳がん宣告を受けました。
落ち込んでいる暇はありません。
乳がんとともに、元気に生きていきます!!
 

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