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2. 長男誕生と続く副乳の痛み

平成24年6月 我が家に3番目の赤ちゃんが生まれました。
予定日より17日も早く生まれたのに、大きくて元気な男の子。
上二人が女の子なので、待望の長男です。

我が家は私も主人も関東出身で、今住んでいる九州には親戚など頼れる人がいないので、
家族で協力し合って、みんなで新生児の子育てをしました。

その間にも、副乳の痛みは続いていました。
でも、これはあくまで「副乳」。授乳で胸が張っている間痛むのは仕方のないこと。
ネットで調べると、「最初は大きくなって痛くなるけど、数か月するといつの間にか無くなっている」と書いてあります。

(もうちょっとの辛抱かな?)


産後6か月。
副乳はまだ痛み、むしろひどくなっていました。
しこりも以前より大きくなっています。

(おかしいな、そろそろ痛みも腫れもひいてもいいのに・・・)

母乳の出も少なくなってきたのか、長男の機嫌が良くありません。
副乳も気になったので、まずはおっぱいマッサージに行くことにしました。

マッサージでは、
「おっぱいは出てるよ。赤ちゃんの飲む量に合わせて出るようになってるからね。少量で大丈夫な子なのよ」

(そんなわけないよな。足りていたら、おっぱい1時間も2時間も吸ってるのに放したら泣いて起きることないよ・・・)

「あの、副乳がずっと痛むんですけど・・・」

助産師さんは少し副乳を触ってみて、
「副乳は良くわからないね。痛むこともあるんじゃない?」

はっきり言ってものすごく拍子抜けでした。
何人ものママたちを診てきた助産師さん。
副乳を持った人を診たことは無いの?

この時、右胸のしこりのことは何一つ触れられませんでした。
無かったわけではありません。
確かに、右脇寄りの端のほうで見つけにくい場所ではありますが、見落とされたことになります。
副乳の痛みにはこれをと、里芋の粉をもらいましたが、
当然、それを水に溶いたものを当てていても痛みが治まることはありませんでした。

この時、一抹の不安を拭い去れなかったことを無視せずに、乳腺外科にも足を向けていたら・・・

これが2つ目の後悔です。

しかし、この頃から引っ越し話が浮上し、育児に加え物件探しがあり、
残念ながら日々の喧騒の中に副乳の痛みは埋もれて行きます。
長男は離乳食を進めていくともりもり食べ始め、機嫌も良くなっていきました。



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1. 始まりは副乳の痛み

乳がん告知を受ける1年半ほど前、三人目を妊娠してしばらくしたころ、
右脇の下に少し痛みを感じました。
お風呂に入っている時に触ってみると、奥にぐりぐりしたしこりを感じます。

痛みは時々。じんじん、ちくちくした感じ?表現するのが難しいですが、
気になったので乳腺外科を受診しました。
エコーの診察をしてもらったところ、ちいさなしこりが映りました。
まだ小さく、痛みもひどくはなかったので3か月後再度受診となりました。

妊娠8か月のころ、再び受診。
痛みはわずかに強くなったように感じていました。
エコーでみると、しこりも大きくなっており、3つ連なって映っているといいます。

「細胞診をしましょう」

針をさしてしこりから細胞を採取。検査結果は10日後。

検査結果は・・・

「副乳です」

ほっと胸をなでおろしました。

「ただ、三つあったしこりのうち、一つからの検査結果なので、ほかの2つも副乳と断定できたわけではありません。産後しばらくしたら、また受診して詳しく調べてください。」


・・・・・・・
もしかしたら、三つ映ったうちの一つがもうすでに乳がんの転移だったのか?

今となっては分かりませんが、「授乳」期間中の「副乳」という存在。
そして乳児との生活。
それらが私の足を病院から遠ざけることになります。

「産後しばらくしたら、また受診して詳しく調べてください。」

先生のこの言葉を重く受け止め、もっと早く受診していたら・・・

自分の浅はかさが、今では確かに悔やまれます。



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癌の種類と治療のスケジュール

H25年8月 乳がんと診断された時点での、癌の病理結果は以下の通りです。

・乳がんの種類:充実腺管がん
・がんの大きさ:1.5センチ
・女性ホルモン感受性:あり
 (エストロゲン受容体ER:40% プロゲステロン受容体PR:30%)
・HER2蛋白:スコア0
・ki-67:60~70%

以上の結果より、ルミナールBタイプと診断されました。


原発巣の場所は、右乳房の右端。
リンパ節転移あり。
肺への微小転移あり。
後に骨シンチ、MRIの検査結果より、骨盤への転移を確認。
遠隔転移まで進んだ、ステージⅣとなります。

既に遠隔転移(癌が原発巣のある臓器から離れた臓器まで転移している状態)
しているので、
治療は術前化学療法(手術前に抗がん剤での治療を行うこと)が必須となりました。
主治医から提案された治療のスケジュールは、

FEC療法を3週間おきに4回→DOC療法を3週間おきに4回→切除手術→放射線治療→ホルモン療法(最低5年間)

現在はFEC療法3回目が終了しています。

今後随時に、乳がんが見つかるまでの経緯や抗がん剤治療の詳細などをアップしていきたいと思います。

はじめまして

平成25年8月 38歳になったばかり 乳がんステージⅣを宣告されました。

その時、誰もが思うのでしょう。「まさか私が?」と・・・


38年間、大きな病気はしたことなく、3人の子供を何のトラブルもなく出産し、
自分の健康体に感謝しながら生きてきました。

しかし、それは過信でした。どんなに健康で丈夫でも、癌にならない保証はない。

私がブログを通して癌との日々をつづろうと思った理由は、

1.同じ乳がん患者の人たちと、治療の情報の交換や心境の共有をしたい。
2.自分はもちろん、子供たちに記録として残したい。
3.まだ癌が発見されていない人、でも、もしかしたら、初期の癌を持っているかもしれない人の早期発見に役立ちたい。

特に3番目の願いが大きいです。

乳癌は早期発見出来れば治癒出来る病気です。
私のように、遠隔転移してから見つかって「早期で見つけていれば・・・」と後悔しないように。
微力でも、誰かのお役に立つことができれば幸いです。

まゆさ
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プロフィール

まゆさ

Author:まゆさ
38歳の夏 三人の子育てに追われる中、
ステージⅣの乳がん宣告を受けました。
落ち込んでいる暇はありません。
乳がんとともに、元気に生きていきます!!
 

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