スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

8.乳がんとともに

家に帰ってきてからも、主人は無口でした。
まあ、普段から無口な人なんですが。
私も、癌宣告を受けて頭の中にもやがかかっているような状態だったので、
その日は主人と今後についてなどの話はしませんでした。

その日、先生から受けた説明を整理すると、以下の通りです。

・乳がんの原発巣は右胸の右端に見つかったしこり。大きさは1.5センチ。
・リンパ節に近い場所にあったため、癌が大きくなる前にリンパ節に転移し、
脇の下の方が先に大きくなった。めずらしい症例だが、たまにある。
・更になんらかの原因で炎症をおこし、大きく腫れあがった。
・癌の種類(性質)はホルモン受容体があるので、ホルモン剤が効く。
・しかし、授乳期が続いた私の体には、癌の餌となる女性ホルモン
の多い状態が続き、そのため癌の進行を早めた。
・当初は切除手術が先の予定であったが、リンパ節にも癌が転移し、脇の
切開した箇所はこのままでは治らないので、抗がん剤治療を先に行う。
・遠隔転移(肺転移)しているので、ステージにするとⅣ。
・坐骨神経痛の痛みは、骨転移の可能性もあるので、後日骨シンチなどの検査をする。

私は、怖くて聞けなかったことを、ネットで調べてみました。

「乳がんステージⅣの生存率」
5年生存率:およそ30%
10年生存率:およそ10%

数値を目にして、愕然としました。
(わたし、あと10年生きられないの・・・?)
あと10年後、長女は16歳、次女は13歳、末の長男は11歳。
その姿を、私は見ることが出来ないかもしれない?

更にネットで調べてみると、遠隔転移してしまった癌は治癒しない、
とあります。


さすがの私も、涙があふれてきました。
三人の子供たちが、まだ幼くして母親を亡くす。
ドラマみたいな話。そんな事が我が家でも有り得る?

何がいけなかったのだろう。
なんで私なんだろう。
結婚して子供産んで、親と離れた遠い九州で、
頼れる親戚も居ない中、母としてたくましくあろうと必死でやってきただけなのに。

もう少し早く病院に行っていれば・・・
でも、どのタイミングで?
0歳児を含む3人の子育てや家事で精いっぱいで、いったいいつどこで、
病院に行けば良かったというの?

誰にもぶつけられない怒りに似た感情が湧き上がり、またとめどもなく涙があふれました。


次の日、外出先のランチタイムで、主人に言いました。
「結婚するときは、最後は私がパパを看取るつもりだったのに・・・」
主人は大きく頷きながら言いました。
「癌になるなら自分だと思っていたから・・・私の代わりにおまえがなったんだろうな」
(主人は自分のことを「私」と言います)

主人の目を見ると、私が癌になった事に責任を感じていることが分かりました。
私も主人に申し訳ない気持ちがありました。
元々私がいつでも元気で明るくて、体力のない主人はそこを気に入ってくれていた節がありました。
なのに、私の方が大病を患ってしまうなんて・・・

私は答えました。
「乳癌は進行が遅くて、1センチの大きさになるのに10年かかるんだって。
見つかった癌が1.5センチ。結婚して7年だから、癌は結婚前からあったことになるの。
だからパパのせいじゃないよ」
主人は小さく頷いて、
「癌が手の施しようがないと手術や治療の方針すら示されないから。今回は治療の手立てもあるし、
手術もするから。長い(癌との)付き合いになるとは思うけど。」
主人のお父さんは、末期の肺がんで亡くなっていたので、
主人はお父さんの時とは全く状況が違うので大丈夫、と言いました。

主人と少し話をして、気持ちが落ち着き始めました。
子供たちや主人のためにも、癌に負けていられない。
ステージⅣ、と言っても、私はこんなに元気なんだし。
きっと大丈夫。乗り越えられる。

私は、癌とともに、力強く生きていこうと思いました。



よかったらクリックお願いします
スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

こちらもポチッとお願いします!
プロフィール

まゆさ

Author:まゆさ
38歳の夏 三人の子育てに追われる中、
ステージⅣの乳がん宣告を受けました。
落ち込んでいる暇はありません。
乳がんとともに、元気に生きていきます!!
 

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
最新トラックバック
リンク
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。